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一般社団法人AOH

2018年FITチャリティ・ラン支援先団体である「一般社団法人AOH」は、障害者の就労支援を目的とした、チョコレート菓子の製造と販売をする事業所 「ショコラボ」と、カカオ豆からチョコレートを製造するビーン・トゥ・バーのチョコレート工房兼店舗の「ショコラ房」を運営しています。今回は代表理事の伊藤紀幸さんにお話を伺いました。

写真は左から佐川、西山(ともにFIT広報チーム)、片野さん(ショコラ房勤務社員)、田代(FIT広報チーム)、伊藤さん(代表理事)、宮田さん(ショコラ房勤務社員)

FIT:ご自身の自己紹介をお願いします。
伊藤:一般社団法人AOHの代表理事の伊藤紀幸と申します。もともと銀行員をしておりまして、その後、日系・外資系の格付け会社を経て、脱サラし不動産業を自分で始めました。不動産業を始めてちょうど10年たった2012年、一般社団法人AOHをたちあげて、ショコラボとしてチョコレートの製造販売事業を開始しました。そして2019年、株式会社ショコラ房(bean to barチョコレート工房)を設立するに至りました。

FIT:ご自身でこの一般社団法人ショコラボと株式会社ショコラ房 をたちあげた経緯を教えて下さい。
伊藤:私の子供は障がいがあって生まれてきたのですが、彼が成長する過程において、障がい者の雇用の機会が、非常に限られているという現実に直面しました。仮に働けても月給が10,000円ほどだったのです。日給ではなく、月給です。統計上、障がい者は全国に940万人弱と言われています。そのうち最低賃金の適用となる労働基準法のもとで雇用されている人は厚生労働省の統計では、53万人強です。つまり、障がい者全体の5%ほどしか最低賃金が適用される労働基準法のもとで働けていないのです。それ以外の約95%の人たちに関しては、家にこもってしまうか、福祉就労という形で働く、あるいはそもそも統計にも出てきません(生産人口ベースですともう少し比率は高いと思いますが)。

福祉就労という雇用形態ですが、労働基準法が適用されませんので、「工賃」という形で賃金を得ることになります。東京都の最低賃金は皆さんご存知のように約1,000円ですが、福祉就労の障がい者の「工賃」の時給は200円を下回ってしまうという現実があります。月給にしても、15,000円ほどです。そのような障がい者の雇用の現実を知った当初は、息子の将来を憂慮し、息子に十分な財産を残してあげなくてはと考えていました。そこで日系の格付け会社から外資系に転職し、必死に働きました。もちろん、アナリストとして充実した仕事もしていましたし、仕事の腕を磨きたかったということも事実です。

そんな中、2002年1月の日本経済新聞の「私の履歴書」にヤマト運輸の社長・会長を歴任された、故・小倉昌男さんが連載されていたのですが、彼の記事を読んで考えが180度変わりました。小倉さんは晩年、私財の大半を福祉事業に寄付され、障がい者の雇用問題に取り組まれましたが、それを知ったことで、障がい者の賃金(工賃)が全国平均で月額10,000円であるという現実に対して、私でも何か手立てはないのかということを考えるきっかけとなりました。

私自身、外資系の金融機関で働いて、世間からみれば恵まれた待遇の中で働いている。このままいけば十分に自分の息子、家族が食べていくには困らない資金を手にできる。しかし、今の自分や自分の家族だけが幸せであればそれで良いのかということを深く考えました。自分が家族だけの幸せを願う小乗仏教で、小倉さんは世の中の幸せを願う大乗仏教のような気がしました。そこで、地域社会、世の中のためになることが必要だと切に感じたのです。そのために、障がい者にとっての安心、安定した雇用の機会を創出しようと決心しました。

とはいえ、それまで大手の金融機関にしか勤めていませんでしたので、すぐに脱サラして彼らのための雇用の場を作る自信がなかった。半年間考えぬいて、色々な人に相談もしました。皆、口を揃えて言うのは、「子供のために民間で安定したサラリーマンとして働いた方が良い」、「民間でやり切って一定の財産を子供に残した後にボランティアとして仕事を見つけろ」と。思いは理解するが、順番が逆だと。しかし、「人生は一度きりだし、やりたいことなのだからやってみよう」という気持ちになっていました。妻に相談をしたら「あなたがそう思うのならやってみたら」と幸いにも背中を押してもらえました。

2002年11月に銀行時代に取得した資格を活かして、不動産の会社をまず立ち上げました。その後10年間で、障がい者雇用を提供する事業を立ち上げるための財務的な基盤を整えました。そこからちょうど10年後、2012年11月に横浜に福祉事業所ショコラボを創設するに至りました。そして2019年7月、FITチャリティ・ランを始めとする多くの方からのご支援をいただき、ショコラ房を創業することができました。

チョコレートは職人の仕事なので、多岐にわたるすべての過程をひとりの障がい者がワンストップで行うというのは難しいのですが、カカオの皮むきなど、特定の工程だけに特化すれば、重度の障がいがあったとしても、彼らの得意分野を生かしながら製作工程に携わることが可能となります。また、「フェアトレードで原産地から直接輸入したものを、障がい者による丁寧な仕事により、高付加価値商品となり、多くの消費者に届き、工賃がアップする」、そういった一連の流れがストーリーとしても素晴らしいのではないかと頭に浮かびました。福祉就労者の工賃を上げて、親がいなくなっても収入を得ていけるような仕組みを作れるようにしたかったのです。

FIT:そもそも、なぜ「チョコレート」の製造だったのでしょうか。事業をするにはチョコレートでというのは当初から考えていたのですか。
伊藤:一言で申し上げると「チョコレートが好きだったから」それに尽きます。もちろん最終的にチョコレートを事業にしようと決めるまでは、4年間ぐらい悩み抜きました。事業を始める動機は、障がい者への安定した雇用の機会を提供することでしたので、そのための事業を継続させるには、安定した基盤を造ることが大前提で、売上を伸ばすことはその次と考えていました。障がいを持つ方が安心かつ永続的な雇用を確保するには、仕組みや基盤がしっかりしていなくてはなりません。

当初の計画段階では、彼らと働くということは、ある程度非効率性を覚悟しなくてはならないと考えていました。非効率であっても事業を存続するためには、利益率の高い事業、つまり化粧品、あるいはもんじゃ焼やうどん屋などのいわゆる”粉もの”が良いのではないかと。アナリストとして働いていたので、SWOT分析やモンテカルロシミュレーションなどを、エクセルを駆使して様々な分析手法で綿密な検討を重ねました。事業構築には勇気がいります。4年ほど悩みぬいて、最終的にチョコレートに決めた背景には、二人の経営者の言葉、アドバイスがあります。

一人目は、友人の紹介でお会いした、18歳で社会に出て複数の事業を経営されている実業家の方です。その方は複数の事業を上場させ、実業家としての成功を収めています。その方に、我々夫婦が考えていた「障がい者への安定した雇用機会の提供」について相談したところ、「事業の内容にこだわりがなく、その目的を達成させることに焦点を当てるのであれば、私は第三次産業を選ばない。僕だったら内外装工事などに格好を付ける必要がなく、体面なども関係のない第二次産業を選ぶよ」と言われました。つまり、お店を構えて事業をすると、店を出す権利金、内装費、従業員への給与支払いが毎月発生します。それらを差し引いて最後に手元にお金が残ったお金だけが自分の志のために使えるお金であると。その時に事業家というのはこう考えるのかと合点がいきました。自分が、ずっと銀行員、アナリスト、不動産業を営み、どっぷりと第三次産業につかっていたので、第二次産業で事業をするという発想、それ自体がとても斬新で、そもそも私の考えにはなかったのです。

そしてもう一つは、ワタミの渡邉美樹さんの「頭で考えたビジネスはことごとく失敗して、心で感じたビジネスはことごとく成功した」という言葉でした。彼が学生時代に訪れたニューヨークのバーで、貧富の差や人種も関係なく、皆が楽しそうに音楽にあわせてお酒を飲んでいることに感動し、「居酒屋でみんなを幸せにしよう」と渡邉さんは決められたそうです。その話を聞いた1週間後、家族3人で、かわいらしいチョコレート屋さんに入りました。「チョコレートが好きだからチョコレートにしたらどう?」と妻に言われました。それでチョコレートを作ることにしたのです。私自身、様々な分析手法で複数の事業を検討しましたが、結局何をやるか決められなかったのは先に述べた通りです。頭で考えるばかりで自分の心の声を聞いていなかったのですね。そして、最終的には心で感じた「チョコレート」にしたというわけです。

FIT:実際にチョコレートと決めて、事業を開始してからは順調だったのでしょうか
伊藤:ショコラボを創業する前は、自営で不動産業をしていました。土日もなく昼夜問わず働くという生活をしていましたので、それ自体とても大変でした。障がい者の方々と一緒に新しいことを始めるとなるとさらに大変であろうということは容易に想像がつきました。しかし、始めてみると周りが非常に協力的だったのです。「好きだからチョコレート」、「障がい者の雇用創出をしたい」など、自分の心で良いと感じた動機でショコラボを始めました。頭で考えた仮説に沿って事業をするのではなく、やりたいからやる。私には退路はなかったわけですが、好きという気持ちがなければ、逃げたくなってしまったかもしれません。そしてやってみてわかったことですが、動機が善から来るものだと好循環を生み、周りの理解を得られるものなのだと。もし、私が自分の気持ちに耳を傾けず、ビジネスのストラテジーだけを重視して事業を始めていたら、周りは「さてお手並み拝見」という見方をしたかもしれませんし、今のような好循環は生まれなかったと思います。周囲の協力もあり、2期目からは黒字となりました。2012年から7期連続の黒字です。そして、脱サラして17年でこの「ショコラ房」の創業、非常に感慨深いです。

FIT:FITからの支援金は、ショコラ房の開業資金にあてられたのですよね。
伊藤:はい、そうです。この「ショコラ房」では、原産物から輸入してそれを発酵し、ローストするなどの全ての工程をこの建物内で行っており、Bean to Barという今まで以上の高付加価値商品を、障がい者の皆さんと生み出すことができる場を作ることができました。FITのご支援をいただけることが決定したことがきっかけとなり、ショコラ房の実現に向けて動き出すことができたので、FITでご支援いただいた皆さんには本当に感謝しています。ショコラ房はショップも併設しておりますし、Bean to Bar工房の様子もご覧いただくことができますので、FITに参加された皆さんにもお立ち寄りいただければ嬉しいです。そして、こんな場所があるのだということをより多くの方に知っていただければと思っています。

FIT:ショコラボ房は、ショコラボとどのように差別化をしているのですか。
伊藤:就労支援施設であるショコラボと異なり、ショコラ房は株式会社であり、障がい者であっても労働基準法のもとで就労することになります。福祉の就労と労働基準法のもとでの就労ではどちらが上か下かということはないと思っています。障がい者の中には、起き上がることも大変な中で生きることと戦っている人もいます。重度の精神障がいで働くことに過度な期待をかけられるとプレッシャーに感じる人もいます。働いていただく皆さんの特性を活かすことができる場を提供することが大切だと思っていますので、労働基準法のもとで働くことを望まない人には自分のペースで働けるショコラボでの福祉就労を提供し、働くことに対して前向きで、意欲があるのであれば、ショコラ房での就労とフレキシブルに考えています。今は自分のペースで働きたいので、ショコラボでの就労を選択するということも歓迎しています。また制度的な面においても、株式会社にすることで、働く場としての持続可能な成長が期待でき、障がい者の就労環境を安定させることができるようになるのです。

FIT:これからの展望を教えて下さい。
伊藤:一般社団法人としてショコラボを立ち上げた時から3つのフェーズを考えていました。フェーズ1は、知識、経験、人脈、ブランドなど何もない中での立ち上げから最初の数年間です。そのようなゼロベースの状況から、福祉就労をしっかりと確立し、ショコラボとしてのブランドを少しずつ高め、補助金を受けつつも持続可能な工房を運営できる仕組みを作ることに重点を置きました。フェーズ2では、ソーシャル・ファームとして、企業や自治体などと協力しながら、障がい者の雇用のあり方を意識して運営していきます。フェーズ3では、株式会社ショコラ房で働きたいという思いを持つ誰もが労働基準法のもとで働けるような雇用の機会をさらに多く提供していきたいと考えています。そのためにはこれから迎えるフェーズ2の6年間をソーシャル・ファームとして確立させることが重要と考えています。

ショコラ房が一番大切にしているステークホルダーは社員であり、次に社員の家族、取引先、地域社会、そして株主です。インサイドアウト、通常の株式会社とはステークホルダーの重要性が逆転しているともいえるかもしれませんが、きっかけを必要としている身近な人たちから幸せになってもらおうということを常に考えて事業をしています。

■一般社団法人AOHウェブサイト:https://chocolabo.or.jp/
■ショコラボとショコラ房については、こちらをご覧ください:
https://chocolabo.or.jp/shop
https://chocolabo.handcrafted.jp/


写真は7月8日のショコラ房のオープニング・セレモニーの様子です。




ケータリングは山フーズの小桧山聡子様がご提供くださいました。

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